それまでは全然興味がなかったのに、30歳を過ぎてから急に蕎麦がおいしいと感じるようになった。ついでのように、蕎麦屋で日本酒を嗜み、つまみを楽しむことを覚えてしまった。
広尾にある「蕎麦たじま」は、蕎麦もつまみも雰囲気も大好きなお店の一つ。広尾駅から徒歩5分ほどの閑静な住宅街にある。土曜の夕方に思い立って電話をしたら予約できたけれど、わたしたちのあとに来た客は断られていたので、ぎりぎりセーフだったのだと思う。
席につき、コースもあるけれど、気分で頼みたかったので、ア・ラ・カルトにする。
お勧めの日本酒「天遊琳」と一緒にそば味噌が出てきて、これがまず香ばしくてとてもおいしい。日本酒とそば味噌を交互に舐めながら、他のツマミがやってくるのを待つ。
最初の一品は、冷製のなす揚げ浸し。キリッと冷えた茄子はとろっとした食感の中にもコクがあり、生姜の爽やかさが利いている。色合いも美しい。
梅貝と分葱のぬた。梅貝のコリコリとした歯ざわりがよい。ぬたの味わいで日本酒が進んでしまう。
野菜の天麩羅。サクッと香ばしくとても軽い。舞茸、レンコン、銀杏、ピーマンにしいたけと宝探しのようにあっという間に平らげてしまった。
続けてやってきたのは、合鴨の炙り焼き。じゅわっとあふれる肉汁がたまらない。炭火で香ばしく炙られた合鴨に、かぼすをさっと絞って食べる贅沢。
ここで、もう少しつまむか蕎麦にするか協議が行われ、結果として、食いしん坊のわたしは天ぷらそばを頼み、同行者は山かけを頼むこととなった。天ぷらは野菜天ぷらと少々かぶっていたけれど、先程も一瞬で食べてしまったので、特に問題はなかった。穴子天のさくさくさと巻海老天のぷりぷりさが今も記憶に残っている。
蕎麦は端正。まずは塩で少し食べ、香りの良さを堪能してから薬味を利かせたそばつゆで楽しむ。お腹がいっぱいになっていくのが惜しいような気持ちになる。
同行者の頼んだ山かけ汁も絶品で、次はあれを頼もうかと思うほどだった。
最後はとろりと濃い目の蕎麦湯で〆る。客の年齢層は高めで、近所に住む裕福な紳士淑女が多いように見えた。みな健啖家であることに驚く。
蕎麦屋に長居は野暮なので、蕎麦湯を飲んだらさっと席を立って帰途につく。ほろ酔いで、まだそばの香りの余韻が残る中、バス停までゆるゆると歩く。
月も美しくて、なかなかによい夜だった。